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iPod nano



ジャジャーン!買ってしまいました!。。。というのは嘘で、知り合いの人のです。僕のではないです。でも今、一番欲しい物といえば、これでしょう。「iPod nano」。いやーカッコいいなぁ。カワイイなぁ。欲しいなぁ。最近のはジャケットとかも表示できるんでしょ?カラーだし。スゲーなぁ。。。

僕も初代iPodを持っている。もうかれこれ3年前ぐらいに購入した。当時は5GBで6万円もしたんだぜ。しかもタッチホイール(丸いやつね)は本当に回るんだぜ。今はタッチセンサーで軽く触れるだけだが、僕のは本当にくるくる回るのである。しかも当時は英語しか表示されなかったので、日本語のタイトル曲は、全て文字化け。誰の曲か、分からない事もしばしばあったもんです。でも僕は、その当時こう思ったんです。もっと小さくなって、ムービーも見れるようになって、そしていずれはiPod上でインターネットも出来るようになって、そのまま欲しい曲がダウンロード出来る日がくるだろう、と。日本でも今年からiTunes Music Storeが開始されて、徐々に浸透しつつあるしね。はぁ。。iPod欲しい。。。(持ってるやん。一応。俺よ。。)

下の写真は僕のiPodです。デカイし、重いけど重宝してます。



  1. 2005/10/31(月) 21:32:53|
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10月

10月も、もう終わりですなー。なんかちょっと肌寒くなってくるこの季節が、僕は好きです。街を歩く人達の服装も、少しシックになっていく感じが好きなんだな。もうちょっと月日が経つと一気にクリスマスムードに包まれるのも意外と好きなんだな(笑 意外とセンチメンタル?)そしてクリスマスソングで一番好きなのはポールマッカートニーの「A Wonderful Christmas Time」。あれ聞くとスキー部の頃を思い出すね。。。ってまだ10月やん!(笑)クリスマスには早すぎましたな。でも、冬が好きなんです。やっと夏が終わったぜ、って感じやな(笑)。

今日は代々木ザーザズーで、イロン&コーショーがサポートしている岸上則夫さんのライブがあるそうですぞ。時間がある人は是非。僕も行こ。ノリオさんの歌声は絶品です。癒されます。癒されたい方は是非(笑)
  1. 2005/10/30(日) 11:41:35|
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変えたどー!



昨日の下北251のライブの前に、携帯電話の機種変更してきました!W32Sにしました。なんかG-Shockシリーズのヤツにするか悩みました。「僕、よくケータイ落とすしなぁ」なんて思ったりしながら、やっぱりあのサイバーなデザインは僕には似合わないな、と思いW32Sにしました。

いやしかし!最近のケータイはすごいね!!(気づくの遅い?)昨日、ニューケータイのゲーム(アプリ)を楽屋の中でORCAメンバーで「すげぇ~」なんて言いながら、キャッキャッと盛り上がってしまいました。文明ってすごいですねー。これでムービーも撮れるようになったから、このHPでも、タイミングがあればムービーも見れるようにします。よーし!まずは明日のライブのSE作らなきゃ。。。せっせ。。
  1. 2005/10/28(金) 09:42:34|
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原宿

今日は原宿アストロホールでイベントライブでした。原宿といえば竹下通り。今日はサウンドチェックの後、時間が割とあったので何気なく、竹下通りにあるマンガ喫茶に行って来た。出来たての綺麗なところでした。

しかし最近のマンガ喫茶はすごいね。宿泊OKと言わんばかりにナイトパックやらシャワー完備やら、寝れるようにマット敷いてたりと、もう、ちょっとしたホテルやね。マンガ読み放題のホテル(笑)。しかもロイヤルルームというかVIPルームというか、ゴージャスなソファーが置いてあったり。でも所詮はマンガ喫茶ですよね(笑)リッチな気分でマンガを楽しみたい人もいるんでしょうな(笑)。うーむ、今後の発展の仕方が楽しみですな。

そういえば携帯電話の件で、みなさんから色々アドバイスもらって、探してます。新しい携帯になったら、またこのブログで紹介します。でも、やっぱりtalby欲しい。。。もうないのかなぁ。。。
  1. 2005/10/27(木) 00:59:19|
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携帯電話



今日はリハーサルの帰りに、携帯電話のauショップに行って来た。上の写真は4年間使い続けている僕のケータイだ。昨日、郵便ポストにauから割引サービスの案内が入っていた。「なんだ?」と思って見てみると、機種変更が3000円も安くなるではないか!。しかも僕のポイントはかなり貯まっている(笑)。前から気になっていたauのTalbyに機種変更しようと思っていたけど、僕の行った店には、すでに在庫がなくなっていた。なのでウィンドウショッピングに終わってしまった。。。

んー、今度auショップに行くのはいつになるんやろうなぁ(笑)。パソコンは大好きなのにケータイに関しては、無頓着なんだよなぁ。auのオススメ携帯電話があったら、教えてね。参考にします。明日は原宿アストロですな。ラジオと連動企画のイベントなので楽しみです。グンナイ。
  1. 2005/10/25(火) 23:32:29|
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甲南女子大学

僕は大学というものに免疫がないので、キャンパスライフの一部に触れられて嬉しかったです(笑)。そしてたくさんの人達が来てくれて本当に感謝です。ありがとー!たのしかったぞい!関西地区のみなさんは、また大阪ワンマンで会いましょう!

いやー、それにしてもレーシングスキーの話は、自分でも盛り上がってしまい、全7話という非常に長いものになってしまいましたな。今でも、あのゴーグル(第一話の写真)を見ると、記憶が蘇るので、もうあのゴーグルしないんだけど、捨てられないんだよねぇ(笑)。今度はバンドにのめり込んでいく百田留衣でも書こうかな。いや、こりゃ長くなるからやめとくわ(笑)。しばらくはダイアリー的な感じにします(笑)また明日!
  1. 2005/10/24(月) 13:04:22|
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レーシングスキー 最終話

<前回のあらすじ>
僕は高校の時、スキー部に入部する。僕は今までスキー部で起こった様々の事を、思い返しつつインターハイ予選のスタート台に立っていた。


僕は極度の緊張を乗り越えた、ある意味、無気力な程、落ち着きを放っていた。もちろん気温は氷点下だ。雪も降っていたが、視界は良いほうだった。すでに滑り終えている新キャプテンであり、親友のKは20位以内にランクインしており、「負けてられへん」そんな気持ちがフツフツと湧き上がっていた。

「3,2,1, GO!」大会委員の合図が鳴って、僕は勢いよくスタートした。いつになくスピードに乗れている。ワックスと雪の相性も良い。僕は太ももの筋肉が熱くなってきているのを感じた。そして僕の頬を刺す疾風は冷たかった。ゴールまで約800m、約1分ほどで滑り降りる。時速に換算して50~60km/h。そのスピードに乗って滑降している時間は無我夢中だった。そして僕はゴールインした。

結果は13位。この僕がだ。そして僕の高校の中で1番に躍り出た。キャプテンKを抜いた。インターハイにはもちろん行けない。だがこの成績は僕を発狂させるほど、嬉しいものだった。去年、290番台だった僕が、13位だ。そして女子達はインターハイに行ける人もいるほどみんな好成績だった。上位はわが高校が占領している感もあるほどだった。

そして月日が経ち、春の国体予選がやって来た。僕らの学年は引退試合だ。そして僕に与えられたゼッケン番号は5番。このゼッケンをもらった時の事は、今でも鮮明に覚えている。この初心者だった僕がゼッケン番号5番。人生で初めて嬉し涙を流したのも、このスキー部だった。失望も希望もスキー部は僕に教えてくれた。もちろん友情や情熱もだ。この5番を手にしたとき、一つ自分が大きくなれた事を実感できた。そして僕はゼッケンを身につけ、試合への意気込みを上げていた。

だが、その試合が行われる事はなかった。いや、正確には参加できなかったのだ。それは天候悪化による、試合の延期が決定したからだった。次の日には大阪で始業式を迎えている僕達は帰らざるを得なかった。そして、それぞれの思いを胸に僕達は引退した。僕のスキー人生はここで幕を閉じた。



このブログで、スキー部の事を書いていて、僕は過去の自分に励まされている部分もあった。それは這い上がろうとする意志。情熱を持ち続ける事は最高の才能である。それを改めて認識した。本当に素晴らしいスキー部に所属できた事を、そしてスキー部員に感謝している。ありがとう。


追手門学院高等学校45期生 スキー部 百田留衣   


(長いブログ連載!読んでくれた人もありがとう!明日は神戸だ!)

  1. 2005/10/23(日) 00:41:39|
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レーシングスキー 第六話

<前回までのあらすじ>
僕は高校の時、スキー部に入部する。思い通りにいかない現実に僕は打ちのめされていた。大会の結果は最悪に終わり、冬の合宿は終了した。だがなんとかスキー部を辞めずにいられた。同学年のみんなに励まされていたからだ(今思えば本当に感謝してもしきれない)。そして月日が経ち、学校は3学期を終え、そして春の合宿がスタートした。


冬の合宿が終了した後、僕は大阪にいる間、スキー雑誌を読んではイメージトレーニングに励んでいた。またスキー板も買い換え(OGASAKAというスキー板)、ワックス(スキー板の底に塗るワックスがある。かなり専門的)の勉強も怠らなかった。そして春の合宿の最後には、国体の予選がある。僕はこの試合に全てを掛けるつもりだった。「これで同じような結果なら、もう辞めよう。」そう決意していた。

春の合宿が始まって2、3日すると、僕はイメージトレーニングのおかげもあって、自分でも驚く程の進歩を感じていた。1年生の男子や女子に「上手くなったやん」と声をかけられる程だった。そして滑りをビデオカメラで撮影して、ロッジ雪達磨で研究会が行われた。自分たちの滑りを客観的に見るためだ。そこで写っている僕の姿に驚いた。みんなに負けてない。そう思った瞬間、キャプテンが


キャプテン「百田。凄いやないか。フリーでは、まだみんなに劣るけど、ポール使った滑り(試合形式)をみると、お前が1番上手く見えるで。」


心の底から嬉しかった。あの厳しいキャプテンから、お褒めの言葉を頂いたからだ。スキーだけではないと思うが、ひとつコツを掴むと飛躍的に伸びるものである。僕はその成長期の、ど真ん中にいた。こうなるとスキーが楽しくて仕方ない。同じ1年生同士で、スキー議論をしたり教え合ったり、みんなと同じ土俵に上がれた事が何より嬉しかった。こうなれば春の大会も楽しみである。

春の国体の大阪予選でも僕のゼッケン番号は290番台だった。「冬では完敗に終わったが、今回はそうはいかないぜ」そんな心境だった。自信があった。そして結果は127位(だったと思う)。以前も話したが大会参加人数(男子)は300人を超える。その中で120位台というのは、僕にとって賞賛できる順位だった。何せ1年生男子で一番遅いものの、前回からは170位も順位を上げた。

そして2年生、そう、キャプテンは今回の大会が引退試合である。だがキャプテンはコースアウトで失格になってしまった。やはり全国という壁は相当高かった。あのキャプテンですらプレッシャーに打ち勝つ事ができなかった。実力は、きっと全国でもトップレベルであってもだ。そして僕らの代にキャプテンを引き継ぎして、引退して行った。キャプテンが引退する事は、僕らにとって大きかった。まずキャプテンほど、スキーが上手い人間が僕らの代にいない事。そしてキャプテンほど、チームを引っ張れる人間がいない事。だがスキー部は継続しなければならない。僕らが成長するしかなかった。

新キャプテンには、僕の大親友Kが選ばれた(当時はそれほど仲良くなかったが、後に心の友となる)。アルペンの選手だ。実力も1年男子の中では1番だ(3人ですが)。そして僕らは2年生になった。新入生も入って、新しいスキー部になった。アルペン、ノルディックは1年の判断に任せたりもした。そして僕はまたイメージトレーニングや筋トレの日々が続いた。


月日が経ち、冬の合宿中に行われるインターハイ予選がやって来た。僕のゼッケン番号は90番台だった。上の年代の人達が引退したため、ゼッケン番号が比較的、良い番号になっていた。そして相変わらず300人を超える参加者がいた。そしてスタート台に立った。緊張の一瞬である。この試合で入賞すればインターハイ出場が決定する。6位以内が目標だ。だが前回のインターハイ予選の順位は290位だ。普通に考えれば、僕がインターハイにいける訳がない。そう思っているうちに、僕のスタートの合図がなった。



つづく(次回、感動の最終話!?)

  1. 2005/10/22(土) 01:41:39|
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レーシングスキー 第五話 後編

僕は練習に励んだ。昼はもちろんの事、夜は自由参加のナイター練習も必ず参加した。この後半合宿の最後にはインターハイ予選が待っているからだ。大阪にある高校スキー部が全て集まる大会で、入賞すればインターハイに出場できるというものだ。そして大阪といえども大会に参加する人数は、高校生男子だけでも300人を超える。女子や中学生も同じ場所で行われるので、非常に大きな大会であり試合である。

もちろん僕も参加する。もらったゼッケン番号は290番台だった。そして僕の試合の結果は散々たるものだった。キャプテンは7位と惜しくも入賞を逃したが、素晴らしい成績だ。1年生女子も上位に食い込む予想以上の成績を収めていた。僕はゼッケン番号通り290番台の成績だった。コースアウトした人や棄権した人を含めると、ほとんどビリだった。

僕は人生で初めて、悔し涙を流した。自分の事しか考えずアルペンを志望した事や、キャプテンが忠告してくれた事や、僕なりの必死の思いで練習した結果がこれだ。救いようのない結果が僕を打ちのめした。あふれる涙を抑える事ができなかった。「絶対、1番になってやる」その思いは空しくも消えそうになっていた。


つづく
  1. 2005/10/22(土) 01:41:17|
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レーシングスキー 第五話 前編

<前回までのあらすじ>
僕は高校の時、スキー部に入部する。アルペン部員は僕を除いて、みんな上級者だった。「スキー部で1番になってやる」そんな僕の意気込みとは裏腹に、現実は無様な僕を露呈していくだけだった。


冬休みの合宿には前半と後半がある。そう、年末年始は一回、家に戻って、また1月4日ぐらいから後半の合宿が始まる。前半の合宿が終わろうとする頃、僕がロッジ雪達磨の1年生の部屋で夜、くつろいでいる時にキャプテンが部屋に入ってきた。僕らは姿勢を正し、挨拶をした。

キャプテン「百田」
留衣   「はい!」
キャプテン「ちょっと来い」

キャプテンに呼ばれたのは僕一人だった。心配そうに他の3人に見送られ僕は部屋を後にした。いつになっても呼び出しは嫌なものである。

キャプテン「百田。お前どうすんねん。」
留衣   「え?。。。」
キャプテン「この合宿に来て1週間、お前ほとんど成長してへんぞ。下手なままやぞ。」
留衣   「。。。」
キャプテン「ほんまにやる気があるんやったら、1週間で見違えるように上手くなるはずや。やる気ないなら辞めろ。」

そう言い残してキャプテンは部屋に戻って行った。高校生の僕には、いや、高校生だけでなく人間にとって厳しい言葉だった。もちろん僕が練習をサボっていた訳でもないし、それなりの事はしていたつもりだった。だがキャプテンは「ノルディックを蹴ってまでアルペンに来たのに、そんなもんか?お前の努力は。。」そう言ってきたのだ。僕は今までの自分の態度を反省すると同時に、今までにない程、断固たる決意をした。「絶対、上手くなってやる。このままでは終われない。」そして前半の合宿が終わり、後半の合宿がスタートした。
  1. 2005/10/22(土) 01:40:32|
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レーシングスキー 第四話

<前回までのあらすじ>
僕は高校の時、スキー部に入部する。かねてから志望していたアルペンへの配属も決定し、僕は意気込んでいた。そして遂にスキー部の合宿が始まった。


街がクリスマスムードに包まれた12月の下旬。学生達は期末テストを終え、誰もが心を躍らせる冬休み。そんな冬休みを返上して、僕らスキー部の合宿が始まった。JR大阪駅の噴水広場(現在は無い)に、夜行列車で新潟へ向かうので、夜9時頃の集合だった。できるだけ荷物を軽くするため、服装はジャージ&スキーウェアだ。1年生、そして2年生、そして顧問やOBの人達が集合した。スキー部に3年生はいない。大学受験が控えているため、3年生になると同時に引退になるからである。全員が集合して、円陣を組みJR大阪駅の人通りの多い場所で、大きな声で掛け声をあげる姿はまるで応援団の様だった。そして新潟へと向かう夜行列車に乗った。

朝方、新潟に到着した。僕らの最初の合宿の基盤となる場所は「ロッジ 雪達磨」だ。いかにも木で出来た、丸太小屋にも近い雰囲気のロッジは、どことなく優しい景観を漂わせていた。移動の疲れもあるので仮眠をとって、練習は午後からだ。僕は、はやる気持ちを抑えて眠りについた。

ゲレンデに着いた時は小降りの雪で、それほど寒くもなくスキーをするには良い天候だった。僕ら1年生達は緊張していた。少なくとも僕は。なんせ久しぶりなうえに、ノルディックを蹴って、アルペン志望した僕は、何としても先輩や同期生に、良いところをみせなければならないと思っていたからだ。そしてリフトでゲレンデの上に到着した。そしてキャプテンが集合をかけた。

キャプテン「今日は体をならすため、とりあえず滑ってくれ。そして2時間後には、1年生は俺の前で滑ってもらう。テストや。」

その一言で、さらに緊張してしまった僕は、心臓の鼓動を押さえる事ができなかった。そしてキャプテンが滑り出した。僕は唖然とした。今まで見た事も無い。そう思える程、キャプテンの滑りは上手かった。続いて先輩達が滑り始める。これまた上手い。そして1年生の女子が滑り出した。もう呆然である。女とは思えない程、ダイナミックかつスムーズに滑降していく1年生女子。みんな相当上手い。そして1年男子が滑り出す。2人とも、2年生や1年女子に比べると劣る部分もあったが、僕に比べれば、やはり上手かった。僕だけ初心者である。良いところを見せるどころではない。どうやって初心者ではないかを隠す方向にシフトチェンジした。と同時に「みんなそんなに上手くないんちゃうの?」と思っていた自分を恥じた。そして緊張のテストの時間がやってきた。

キャプテンは下で見ている。1年生は合図とともに1人ずつ滑っていく。女子達は本当に上手い。これならインターハイにも出れる。それほど上級者に思えた。続いて男子が滑る。僕の番だ。緊張のあまり体が思うように動かない。もともとヘタなうえに何度も転びながら下へと滑っていった。穴があったら入りたい気持ちになっている僕を見て、キャプテンは僕にこう言った。

キャプテン「百田。やる気はあるな?」
留衣   「あ、あります!」
キャプテン「よし。頑張れよ。」

意外な言葉だった。絶対、ダメ出しされると思っていたからだ。キャプテンは僕が下手な事を承知でアルペンにしてくれた。「どれだけ成長するかはお前次第や」そう言われている気がした。キャプテンの優しさを感じながらも、僕は自分が情けなくて仕方なかった。そして、その日の練習を終えた。ロッジに戻るとノルディックチームがいて、そこにMの姿があった。

留衣「どうやった?ノルディック?」
M 「しんどいけど(笑)、めっちゃ面白かったわ。アルペンはどうやった?」
留衣「みんな、めっっっちゃ上手い。キャプテンとか凄いで。プロやで。」
M 「マジでぇ?よかったー、ノルディックにして(笑)」

冗談半分でMが言った一言が、僕を打ちのめした。僕はスキー部に入部して、人生始めて屈辱というものを実感していた。自分一人だけ初心者で、みんなの足を引っ張る事になるであろう。その事が無性に腹立たしく思えた。そして合宿も終盤に差し掛かろうとしている時に、「世の中そんなに甘くない」という現実が僕に差し迫ろうとしていた。


つづく


  1. 2005/10/19(水) 02:09:53|
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続々 レーシングスキー

<前回までのあらすじ>

僕は高校の時、スキー部に入部する。僕は一度ノルディックに配属が決定したが、キャプテンの意向により、僕らの世代から自分の意志で選択できるようになった。しかしMは意外にもノルディックを志願する。


Mのその一言に先輩達は拍手を送った。そして僕は不甲斐ない自分と、Mの一言によって僕の心が揺らいでいる事に敗北感さえ感じていた。だが僕はアルペンをしたい。どうにも言葉が出てこない僕を見て、Mは

M 「留衣くん、僕に気い使わんでもええよ。せっかくキャプテンが僕らのために考えてくれたんやし。留衣くんのやりたい方を選んだほうがええよ。」
留衣「せやけど。。。Mはそれでいいんか?」
M 「僕はノルディックやるわ。むしろやってみたいし。スキーも大して上手くないし」

そう僕らは先輩達に、ヘタクソというレッテルを貼られている2人だ。実際に滑りを見てもらった訳でもないのに。だから僕もMが上手いかどうかは分からない。アルペンに選ばれている2人が上手いのか、どうかも分からない。その事が無性に腹が立った。だったら僕がアルペンで1番になればいいではないか。そう思えてきた僕は

留衣   「僕はアルペンをやりたいです」
キャプテン「分かった。百田はアルペンに配属する」

こうして僕の年代の男子はアルペン3人、ノルディック1人という事になった。この出来事によって、クラブチームの結束力は強くなり、僕自身はスキーに対する情熱が上がってきているのを実感できた。「絶対に1番になってやる」僕の心は完全にスポーツマンだ。1年生はみんなライバルだ。そして僕は心の奥底で、「みんなそんなに上手くないんちゃうの?僕とそんなに変わらんのとちゃうの?」と思っていたりもした。

そしてあっという間に冬が到来して、スキーシーズンがやってきた。スキー部は、冬休みの7割は合宿だ。そう2週間ほど新潟まで行って合宿する。妙高高原の「杉の原」と「池ノ平」というスキー場で練習、そして大会に参加する。そして僕の戦いは、ここから始まった。


つづく(長い?)


  1. 2005/10/17(月) 17:31:00|
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続 レーシングスキー

<前回までのあらすじ>
高校の時、僕はスキー部に入部する。スキー部にはアルペンとノルディックという種目があって、先輩によって1年生は分別される。1年生の意志とは関係なく。そして僕はアルペンを志望していた。


スキー部といっても冬にならないとスキーは出来ないので春、夏、秋は主に陸上トレーニングだ。走って筋トレして、まるで陸上部である。夏頃には1年生の男子が一人辞めていった。僕も本当にこんなトレーニングでスキーが上手くなるんだろうか?という疑問を持たずにはいられなかった。そして意外な程、体育会系なスキー部は先輩後輩の上下関係は厳しいものだった。月日が経ち、秋頃にはアルペンとノルディックの審判の日がやってきた。

キャプテン「百田。お前はノルディックな。」

なんてこった。僕の意志とは裏腹にノルディックに配属されてしまった。もちろんノルディックという競技をバカにしている訳ではない。僕はアルペンをしたかっただけだ。だが現実に僕はノルディック選手になってしまった。思わず僕はキャプテンに問いかけた。

留衣   「なんで僕がノルディックなんですか?」
キャプテン「お前は、ほとんどスキーした事ないんやろ?アルペンに選ばれたヤツはスキー経験が豊富やねん。せやから消去法で、お前がノルディックになったんや。」
留衣   「絶対にノルディックの選手が必要なんですか?」
キャプテン「ウチのスキー部は代々ノルディック選手を育成しとるし、伝統みたいなもんや。百田。お前がアルペン志望やったのは知ってるで。でも、これがしきたりや。」

そう言ってキャプテンは部室に僕を残し去っていった。「辞めよう」僕はそう思った。男子でノルディックに選ばれたのは僕ともう一人いた。あとの二人がアルペンだった。ノルディックのもう一人は(Mと呼びます)、僕と相談した。Mもアルペン志望だったからだ。

留衣「Mはどうすんの?」
M 「続けるよ。ノルディックもやってみたら面白いかもしれんし。留衣くんは?」
留衣「。。。やめよかな。。」
M 「そうなんや。。。」

僕は失意の底にあった。何故自分の意志で種目を選べないのか?その事が非常残念に思えてならなかった。そして帰路についた。次の日キャプテンは、ミーティングを開くと言ってスキー部全員を集めた。僕はもうこの場で辞める意思表示をしようと決意していた。するとキャプテンが

キャプテン「昨日、アルペンとノルディックを1年のみんなに伝えたけど、俺は考えた。1年生が自分でやりたい方を決めるべきだと。今日、顧問にも相談して、承諾を得てきた。1年生!自分でやりたい方を選べ!」

本当に感動した。キャプテンは僕たちの事を真剣に考えてくれていた。そもそも、しきたりが古いとキャプテンは考えていたようだ。当然、僕はアルペンをしたいと志願した。すると、Mはこう言った。

M「僕はノルディックやります。僕らの代でノルディックを無くしてしまうのは。。」

意外だった。そして僕は胸が痛くなる思いだった。僕は自分の事だけしか考えていなかったが、Mはクラブの事も考えていたのだ。その彼の思いに僕はまた、心が揺らぐ。。


つづく
  1. 2005/10/16(日) 01:21:38|
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レーシングスキー



上の写真が何か分かるかな?そう、レーシングスキー用のゴーグルです。僕は高校生の時、レーシングスキー部に所属していました。何でスキー部なの?という声が聞こえてきそうだが、その答えは。。。もともと美術系の大学に行きたいと当時は思っていて、美術部に入る事も考えていたがなんと、美術部は全員女子(2年生も3年生も)だった。当時15歳の初々しい僕には、秘密の花園のような美術部に入る勇気がなかったのである。そして第2候補の軽音楽部は、存在していない。。。「うーん、困ったぞ」なんとしても帰宅部にはなりたくなかった僕は、スキー部がある事を知る。

大阪では、かなり珍しいであろうスキー部。「どうせ入るなら変わったクラブのほうがええやろ」そんな曖昧な動機でスキー部に入る事を決意したのであった。しかし!僕はスキーをほとんど体験した事がなかった。入部前はボーゲン以上、パラレル未満といった実力だった。そして、この「スキー経験があまりない」という事が、入部した後に思いもよらぬ方向に向かうのであった。

僕らの学年で入部したのは男子5人、女子が8人だった(たぶん)。最初のミーティングが行われた。キャプテンは2年の人で少し怖そうな人だった。そしてキャプテンがこう言った。

キャプテン「ウチのスキー部には、アルペンとノルディックがある」
     「いずれは1年のお前らも、どちらかに分かれてもらう」

正直に言って僕の頭の中は「?」である。「アルペン?ノルディック?なにそれ???」僕は隣に座ってる1年の男子に聞いてみた。

留衣「アルペンとノルディックってなに?」
男子「。。。そんなんも知らんと入部したんか?。。。」
留衣「お、おう。。。アルペンは何となく分かるけど。。」
男子「簡単に言えば、ノルディックはスキー板を履いたマラソンみたいなヤツや。」
留衣「うげ。。。」
男子「めっちゃしんどいらしいで。坂道を上ったり下ったり。。」
男子「もちろん、俺はアルペン志望や。」

そうアルペンは冬季オリンピックでも派手に行われている、いわゆるスキーで山を滑降してタイムを競うスポーツだ。ノルディックは荻原兄弟でも有名な、スキー板を履いたマラソンだ。僕はもっと楽しめるクラブと想定していたが(サークルみたいな)、これは締めていかねば!と思ったと同時に「辞めよかな。。。」とも思っていた。そして僕はこのクラブにのめり込んでいく。


つづく
  1. 2005/10/14(金) 21:10:55|
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サッカー

残念ながら、負けてしまいましたなー。サッカー日本代表。まぁ強化試合やから、勝ち負けの結果よりもゲーム内容が重要なんやけどね。やーでも昨日もスゴかった!中田英寿選手!本当に尊敬できる人です。タックルされようが足を掛けられようが倒れない!海外の体の大きい人にあれだけ対抗できるのはやっぱ中田さんしかいないでしょう。それに比べてフォワードの人達は、よく倒れるよなぁ(笑)ファウルをもらおうという技術なんやろうけどね。。。

僕がサッカーを食い入るようにテレビで応援するようになったのは、日本と韓国で同時開催されたワールドカップを見てからなんです。それまでは全然。中村俊輔選手が代表落ちしたというニュースを見ても何も感じなかった。(今思えば、えらいこっちゃ!)で、予選リーグで決めた稲本選手のゴールで、体に稲妻が通ったほどの衝撃(注 実際には通ってない。。)を覚えてしまったのです。「なんてすごいスポーツだ。。。」と。その時は友達4~5人が我が家に集まってビール片手に応援していた。ゴールが決まるたび、我が家ではエラい歓声を上げていた。「近所迷惑かな~」と思って窓を閉めに行ったら、外から隣の部屋の人達の大歓声が聞こえてきた。こりゃ日本中が、ライブハウス並みに一致団結してるじゃありませんか!僕はすっかりサッカー観戦に夢中になってしまったのです。。それからは日本代表の試合は、出来る限り見てます。応援してます。2006年ドイツ!見に行きたいなー!でもドイツは遠いぞー。。。
  1. 2005/10/13(木) 20:27:47|
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FM 横浜



行ってきました横浜!FM横浜楽しかったです。番組内のBGMは、全てORCAのギターによるものでした。なので、なんとなくギターを奏でながらしゃべるのは難しかったぞ(笑)これぞ、弾き語りだ。そして一曲生演奏「Brilliant Days」を熱唱してきました。しゃべりに行ったはずが、ギターを演奏しに行った感じになってしまいました。。が!楽しかったです。

そしてこのブログを書いている今!サッカー日本代表の試合やってます。ハーフタイム中に書き上げようと思ったけど、後半はじまってるやんけー!というわけで今日はこんなところで。。バイ。
  1. 2005/10/13(木) 00:06:31|
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招き猫



今日はアビィの友達?の招き猫の親子です。2年前ぐらいに、デザイナーのレザイ美樹さんに薦められて買ってみました。あの豪徳寺の招き猫です。玄関に置いとくと仕事がじゃんじゃん入ってくるようになるらしい。ウチも置いてすぐにメジャーの話が来たから、ご利益あったのかな(笑)

この招き猫、豪徳寺にあるって言っても、本当は豪徳寺の入り口付近にある花屋さんに売ってるんです(豪徳寺の中にも売ってますが)。おじいちゃんとおばあちゃんが、ひっそりとやってる店でした。その店には、白い猫が1匹いるんです。その猫がなんとも御利益がありそうな猫でして(笑)綺麗でもないし、かわいくもないし、愛嬌があるわけでもない。警戒心が強いせいか、あまり人前には出てこないそうなんです。だが僕が店に入ると、ふらっと顔を出しに来たんです。おじいちゃんは「おや、めずらしい」なんて言ってました。僕はなんか嬉しくなって3つも招き猫を買ってしまいました(笑)写真に2つしか写ってないのはアビィが壊したからです。。。アビィめ、ジェラシーか?。。。
  1. 2005/10/11(火) 23:28:37|
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池袋



昨日の池袋でのリハーサル風景。「只今、リハーサル中です」ってのがいい感じやね(笑)この日も、たくさんの人が集まってくれました。ありがとう!

今ね、「はじめてのおつかい」っていう番組見てたんやけど、笑ったし感動したなー。僕も小さい頃、よく父親のタバコを買いに(今は吸ってない)、おつかいに行ってた事を思い出しました。しかも、おつりの取り忘れする事が多くて、猛ダッシュで自動販売機まで取りに行った事を思い出した(笑)なんせ、そのおつりは僕のお駄賃になるからだ。取りに戻ったけど、もうおつりがなくなってた時はガッカリです(笑)小さい頃ってほんと、何事も新鮮なのが良いよね。今じゃ「タバコ買って来て」って言われたら「パシリすか。。」みたいな感じになるもんね(笑)何事においても新鮮さを保つのは難しいけど、常に新しい気持ちで毎日を過ごしたいね。



  1. 2005/10/10(月) 22:57:24|
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最近



アビィは僕を眠りから呼び覚ます方法を、発見したようだ。それは僕がベッドで横になって寝ている朝方、「お腹すいたニャ」と僕の体の上に乗る。そこまでは猫を飼っている家では当たり前の光景だと思う。だが!僕はそんな事では全然起きない(のび太並みなので)それを最近アビィは理解したようで、今度は寝ている僕の髪の毛を、噛み始めたのだ。これは相当痛い。しかも僕は髪が長いので噛みやすい(笑)最初のうちは僕も、その攻撃を受けたらさすがに起きて、アビィにご飯をあげていたが、ここ2、3日僕は知らぬ間(寝ている間に)に対抗策を思いついたようだ。

ある朝、珍しくアビィに起こされる事なく目が覚めた。目の前にはふてくされたアビィが僕を見ている。「ん?」体を起こそうとした瞬間、頭が重い事に気がついた。なんと僕は寝ている間にバスタオルを頭に巻いて寝ていたようだ。寝てる間にどうやら僕は巻いていたようだ。バスタオルを。。。これにはアビィもお手上げのようで、静かに僕の枕元で寝ている。しかしバスタオル巻きながら寝ている僕もどうかと思うので、これからはちゃんと起きるぞ。アビィよ。
  1. 2005/10/09(日) 21:56:15|
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And A

僕の好きな服のブランドは「And A」「Paranoid」「Nember Nine」などなどありますが、「And A」のホームページを見たら、なんと「SMILE」のイラストを描いてくれた板谷龍一郎さんが、「And A」のノベルティグッズのデザインをしているではありませんか!びっくりした(笑)なんか自分が好きな物とか音楽に携わっている人に会うと、たまらなく嬉しいのよね。

以前、僕が日本で一番リスペクトしているバンド「THE YELLOW MONKEY」のベーシスト、ヒーセこと廣瀬洋一さんが、GIRAFFEのワンマンライブを見に来て下さった事があった。しかもライブ後に楽屋に挨拶まで来てくれた。あの瞬間は「音楽やってて本当に良かったー!」って思ったね。まじで。

なので今回の「And A」もビックリ&嬉しいでテンションあがりました!ようし!明日は池袋だな。池袋ウエストゲートパークは面白かったなー。もう一回見よ。。

  1. 2005/10/08(土) 20:16:18|
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東京は、雨ですな



今日はORCAライブでした。いろいろハプニングあったけど楽しかったなー。生って感じだ。雨の中、来てくれた人達ありがとー。

雨と言えば、今日ね。コーショー先生がね。リーハーサルから絶好調だったんですよ。なんかハキハキしてて。「コーショーくん、そんなにはりきってたら雨降るで~」って冗談で言ってたら、本当に雨になってしまいました。やはりヤツは雨大王だ(笑)そして僕は雨小僧だな。。。

上の写真は、POsCAMの撮影風景ですぞ。今日のライブの写真ではないぞ(笑)今日もお疲れなんで、こんなところで。。シーユー。
  1. 2005/10/08(土) 01:07:35|
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POsCAM



今日はガム「POsCAM」のプロモーションビデオの撮影に行ってきた。やー撮った撮った。しかもかなりいい感じだったから、出来上がりが楽しみだ。完成したらORCAオフィシャルで案内するので、しばしお待ちを!

なんか撮影スタジオって好きなのよね。独特の雰囲気があって。4~5年前、スタジオでPVを撮影していた時、たまたま隣のスタジオでウルトラマンの撮影をしていた。なんか防衛軍?みたいなコスチューム着た人達がタバコ吸って休憩してたのが面白かったなー。正義の味方もタバコは吸うのね(笑)って思ったね。そんな訳で今日は疲れてるので、ここらで、おやすみっす。明日はライブだ。。。しかし今日はsmileを20回位は歌ったな。。。。
  1. 2005/10/07(金) 00:49:51|
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九州



今日はさいたまのFM局、Nack5のラジオ収録に行ってました。今日の収録は面白かったなー。また放送予定日などはORCAオフィシャルでチェックして下さいな。

やー、すっかり秋っぽくなってきましたねー。今日は鍋物にでもするかなぁ。鍋を食べて一番感動したのは、九州で食べた「もつ鍋」ですな。「やま中」という店だったと思うけど、そこで食べたもつ鍋のみそ味が素晴らしく美味かった。しかも最後にチャンポン麺をいれて食べるのよね。それも最高に美味かった。九州は僕の田舎があるので非常に好きな地方のひとつだ。そして熊本県に湯島(談合島とも言うらしい)という島が有明海にあって、僕のご先祖様がいたらしい。本当に小さな島で1周で5~6kmぐらい(だったと思う 笑)そして、その島に住む人達の名字は「百田」「高橋」「森」しかない。人口も500人ぐらい。お墓参りをした時、確かに名字は3つだけだったし。。。不思議な島やったなぁ(笑)ほとんど、みんな親戚ってことやろ。。すげぇなぁ。。。おっと鍋が煮立って来たぜ。また明日ー。

  1. 2005/10/05(水) 22:00:00|
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続々 イスラエル

<前回までのあらすじ>
僕が以前やっていユニットGIRAFFEでPV撮影のため、イスラエルまで行く事になった。なんとか入国はできたものの、百田留衣はイスラエルで怪奇現象にも似た出来事に遭遇する。。


撮影は順調に進んでいた。遺跡に行ったり、世界一塩分濃度が高い湖「死海」に行ったりと、半分旅行に来た気分で楽しみながら撮影していた。特に死海は興味深いところだった。よく教科書などで、水に浮きながら本を読んでいる写真を見た事があったが「ほんまに浮くの~?」と疑りながら、死海へ足を踏み入れた。裸足で。。

すると今まで感じた事のない浮力に驚いた。足を水底に沈める事が困難なのである。2、3歩進んでみると立っていられずに、転んでしまった。そして僕は水に浮かんだ。そして腕にあったスリ傷に激痛が走った。「なんじゃぁ!」僕は急いで湖から出た。スタッフ達はケタケタ笑っている。こんな水に入れるかい!ましてや浮きながら本を読むなんて無理無理。。でも死海に入るのはダイエット効果があるらしく、しかも美容にいいらしい。なのでファットな白人のおじいちゃん&おばあちゃん達がプカプカと死海に浮いていたのが印象に残っている。

そして撮影も後半に差し迫ったある日(3日間ほどイスラエルに滞在した)の夜、ホテルで休んでいたらカメラマンとスタッフが部屋に入って来た。

カメラマン「留衣くんさぁ、ちょっと撮影に行かないか?」
留衣   「え?もう真っ暗ですよ、外は。。」
カメラマン「今日は満月だから、照明なしでもいけるし、幻想的な写真が撮れるよ」
留衣   「おお!いいですね!行きましょう」
スタッフ 「私も行きますよ。一応。何かあったら心配なんで」

そして僕らは3人で、イスラエルの夜の砂漠地帯へ車を走らせた。もちろん車は僕らしか走っていない。そして漆黒の闇である。「ほんまに撮れるんですか?写真?」不安げな僕をよそにカメラマンとスタッフは「大丈夫だよ」と僕を諭した。車で30~40分走ったところで撮影する事になった。車のヘッドライトを消した。最初は全く見えなかったが、徐々に目が慣れてきた。

やっと見えてきた景色は本当に幻想的だった。月明かりに照らされた砂漠はオーロラみたいな曲線を描いているようにも見えた。そして今いる僕の場所は砂山の上にいるみたいで、5歩も歩けば、下に落ちたら戻れなさそうな沢になっていた。

留衣   「す、すげぇな。。」
カメラマン「すごいでしょ。さ、準備するからちょっと待ってて」
留衣   「なんか聞こえる。。」

なんとも奇妙な動物の鳴き声が、砂漠に響いていた。一緒に同行してくれているスタッフ(女性)は完全に怯えている。無理もない。いつどんな動物に襲われてもおかしくない。そんな状態でも、さすがはカメラマン。たんたんと僕に指示を出して撮影を始めた。目は完全に慣れて、むしろ夜なのに明るいと思えるほどだった。ふと遠方に目をやると砂漠に凄い大きな雲が覆いかぶさっていた。

留衣   「あれスゴいなぁ」
カメラマン「おお。すごいね。ん?。。。」
留衣   「なんか、もの凄いスピードでこっちに来てるような。。」
カメラマン「やばいな。。。」

なんと大きな雲は、みるみるうちにこっちに向かって来ていた。僕らは身動きもできないまま呆然としていた。目の前まで雲が来ている。いや。霧か?。。と考えている間に、僕らは雲に飲み込まれた。その瞬間、僕らはズブ濡れになった。

全員 「おおおおおおおおおお!!!!」

僕らは猛ダッシュで車に乗り込んだ。だが車の中もシートもビショビショになっていた。「なんじゃぁー」幸い車のエンジンは掛かったため急いでホテルへ戻った。大慌てで現地のホテルスタッフに事情を話すと「夜になると霧が発生するんですよ。砂漠で生息している生き物達は、それを飲んで生きています。」と説明され、僕らは肩を撫で下ろした。


そんな色々な事があったイスラエル。僕は一生忘れられないだろうな。そしてもう一回行ってみたい国である。今度は旅行で行ってみたいね。

イスラエル   完! (長かった。。。)

  1. 2005/10/04(火) 22:33:03|
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続 イスラエル



<前回のあらすじ>
百田留衣が以前やっていたユニットGIRAFFEでPV撮影のため、イスラエルまで行く事になった。そしてやっとの思い(?)で到着したイスラエルで待ち受けていたのは銃を身につけた警備員だった。。。


僕とパブロは顔を見合わせた。「どうすんねん。。これ。。」今、僕らが動けばヤバいのは、誰が見ても分かる。そして当時、ドレッド&編み込み&髭な僕らは、いかにも怪しい。。警備員はトランシーバーで何やら話している。そこへ僕らのスタッフが駆けつけてくれた。「ほっ」っと安心したその瞬間、警備員が

警備員「その荷物は何だ!!いますぐここで中身を見せろ!」

スタッフの人達は撮影用のカメラや照明の大きな黒いケースをもっていたたため、観光客ではない事が分かる。その姿を見た警備員がさらに警戒し始めたのだ。。「よけいにヤバくなってない?。。」荷物をまんべんなく調べた警備員は、こう聞いてきた

警備員「ここへ何をしにきた?この荷物はなんだ?」
スタッフ「彼らはミュージシャンで、ミュージックビデオを撮影しにきたんです。」
警備員「ミュージシャン?彼らが?。。。売れてるのかい?」
スタッフ「。。。これからデビューするんです。。」
警備員「そうか。よし。行っていいぞ!頑張れよ!」
留衣「。。。さ、サンキュー。。」

こうして無事(?)にイスラエルに入国できたのです。イスラエルという国には3つの宗教の聖地がある。イスラム教、キリスト教、そしてユダヤ教だ。聖地エルサレムをめぐって、1000年以上も争いが絶えない国だ。入国の審査が厳しいのは理解できる。しかし銃を突きつけられるのは人生最初で最後だろう。そう思いながら僕はホテルに到着してすぐ就寝した(のび太以上)。。。

次の日、撮影がいよいよスタート。イスラエルの気候は、非常に気温が高く40度近い。しかし湿度がほとんど無いに等しいので、体感的にはさほど暑くない。イスラエルという国は意外とコンピュータ産業が盛んで、品川や汐留顔負けのガラス貼りの高層ビルが建っていたりする。町中では「マリファナ買わな~い?」と如何わしい物を取り扱ってる売人らしき人に声をかけられたり、「アナタは神を信じますかぁ?」と神父さんがいたりと、人間模様は様々だった。そして普通のファミリーレストランとかに軍隊らしき人たちがいて、駐車場には戦車が止まってたりと、日本では考えられない光景がイスラエルにはあった。

そして都心から1時間も走れば、砂漠地帯だ。スターウォーズみたいな世界だ。さすがは3つの宗教が生まれた土地だ。景色を眺めるだけで、神聖なものを感じとれた。順調に撮影は進んだが、僕は怪奇現象にも似た出来事に遭遇する。


つづく(まだあるの?)。。。
  1. 2005/10/03(月) 17:22:49|
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イスラエル



誰だ!?このドレッドは?というツッコミが聞こえてくるぞ(笑)もちろん私、百田留衣です。当時22歳です。そしてこの景色は何とイスラエル!GIRAFFEのデビューシングル「Brain Breakers」のPV撮影でイスラエルに行ったんです(なんて贅沢な)。今でこそ治安が悪くてなかなか行けない国ですが、当時はまだ比較的、安定していたので撮影に行きました。イスラエルまで飛行機で、日本の成田からイタリア経由で約22時間だったと思う。僕は乗り物に乗るとすぐ寝れる特技を持っている。なのでイスラエルまでは一瞬だった(本当に)まずイタリアまで十何時間。僕は成田で飛行機に搭乗して、離陸を待たずして就寝(のび太並み)。。。Zzzzz。。。

「留衣くん!着いたで!起きてや」

そう言って僕を起こしてくれたのはギタリストのパブロだった。僕はイタリアに、ほんの数分で着いたかのような感覚だった。そう家から渋谷に向かうバスに乗ったような感覚だ。

留衣「んん?もう着いたんかぁ。。ふぁ。。」
パブロ「ほんまスゴいな。アンタは。。。寝過ぎや」

すこし疲れた声でツッコミをいれたパブロは一睡も出来なかったらしい。そして僕は窓に目をやった。ボンジョールノと言わんばかりの太陽に燦々と照らされた滑走路は、間違いなく日本ではなくイタリアの空港である事が分かった。そしてイスラエル行きの飛行機に乗り換えるべく、一旦イタリア空港へ入った。そこで陽気に入国チェックをしているイタリア人に

「ジャパニーズ、ノープロブレーーーム!ハハハ」

パスポートも見ずに外見だけで日本人と決めつけて通してくれた。なんて適当な国だ。まぁ当時はアメリカの同時多発テロも起きていなかったので、空港と言えど緊張感はほとんど感じなかった。僕は20歳の時にイタリアに旅行に行った事があって、1週間ほどイタリアを堪能した事がある。そしてイタリアの人が、どれだけ明るくてユーモアがあって、そして血の気が多い人種という事は、重々承知していたので、驚きはしなかったが。。そしてしばらく空港で待った後にイスラエル行きの便に搭乗した。イスラエルまでは4~5時間だったと思う。そしてまたしても僕は離陸を待たずして就寝。。。Zzz。。。

「留衣くん。着いたよ」

今度はスタッフ人に起こされ、僕は飛行機を出た。すると搭乗口に直接つながっておらず、いったん滑走路におりてから歩いて空港の建物まで行かなければならなかった。イスラエルは夜になっていて、空港はオレンジ色に照らされていた。僕が飛行機から階段で降りると、パブロが何やら人と話している。よく見るとマシンガンらしき物と防弾チョッキとヘルメットを武装した、警備員というか軍というか物騒な格好をした人と話している。なんという事だ。パブロが尋問されている。。。そして僕もそこへ近づいてみた。。。

警備員「what's the purpose of your visit here !?(何をしにここへ来たんだ!?」
パブロ「oh...shooting.....(撮影をしにきたんだ)」
警備員「shooting?」

チャキ!

警備員はマシンガンのような銃を僕らに向け、銃口を突きつけてきた。。。やべぇぞ。。こりゃぁ。。shootingの意味を、はき違えてるぞ、この警備員。。。


つづく。。。。。
  1. 2005/10/02(日) 17:36:01|
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猫アレルギー



昨日、今日とインストアライブやってきましたー。来てくれたみんなありがとー!そしてこのHPを始めてから初のライブだったんで、「このブログ見てますよー」ってたくさんの人達に言われて嬉しかったですぞ!そしてアビィを紹介した文を見て「留衣くん!猫アレルギーじゃなかったの!?」たくさんの人達に言われました(笑)そうなんです。僕は猫アレルギーだったんです。もう猫がそばにいるだけで、目も鼻も喉もダメでした。。。

しかし、それを克服するきっかけになったのがカット氏の愛猫、カフカくんである。カフカがカット君の家にやって来た頃、ORCAの作業をカット家でする事が多かった。もちろん僕は当時、猫アレルギーだったので、マスクをしてカット家で作業してました(笑)

とある日、マスクを忘れた日があって、いや正確にはマスクをつけずに作業をしている事に気づいていなかったのです。そして「あっ」と思い出したものの、僕の猫アレルギー症状はでていなかった。

「あれ?目がかゆくないぞ。。。」

そんな訳で猫アレルギーは治まったのです(ほんまか?)んー、とりあえずアビィは短毛種なので、まだマシなのかもしれませんけどアレルギーは克服しました(笑)僕はわりとアレルギー体質で、雑草(ブタクサなど)も近づいただけでカブれたりするんです。そして、お酒も弱い。。。(笑)そんな訳で今日もツインピークス見るぞー!(明後日までにレンタル返さないと。。まだ7巻ある。。。)
  1. 2005/10/01(土) 22:13:03|
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